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福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)372号 判決

控訴人 肥前町

被控訴人 株式会社佐賀銀行

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金百万円及びこれに対する昭和二十四年八月十三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共その二分の一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において

(一)  昭和三十年七月十日株式会社佐賀中央銀行は株式会社佐賀興業銀行と合併して株式会社佐賀銀行を設立し、翌十一日その登記を了し、佐賀中央銀行の債権債務を包括的に承継したが、かりに佐賀中央銀行(以下単に被控訴銀行と仮称する)の訴外日邦建設株式会社に対する貸付金二百万円中金百万円につき控訴人入野村(昭和三十三年一月一日より入野村は肥前町となる)議会の保証承認の議決がなかつたとしても、入野村は右訴外会社に支払うべき工事請負代金中金二百万円の債権を訴外会社が被控訴銀行に譲渡することを承認しているのであり、入野村村長の手形振出(保証)行為は、右譲渡債権の支払確保のためになされたもので、既に予算としてその支出を村長に許容している工事請負代金の支払方法に外ならぬものといえるから、村長の右手形振出により入野村は予算外の新な負担を引受けることにはならない、従つて村長の手形振出に村議会の議決がなかつたとしても、その無効を来すことはない、また

(二)  かりに入野村村長草野日出太郎が保証の意味で本件手形振出をなす際村議会の承認がなく、従つて右振出が権限のない村長の代表行為であつたとしても、被控訴銀行は次のような事情により村長にその権限ありと信ずべき正当の理由があつたものである、

(イ)  本件約束手形二通及び書替前の各約束手形はいづれも村長草野日出太郎が自署し、公印を押捺したものである、

(ロ)  本件約束手形振出に際し入野村議会の議決書謄本(甲第十二号証)が被控訴銀行に提出されている、

(ハ)  訴外会社に対する貸付に際し金二百万円の工事請負代金債権譲渡承認書(甲第五号証)が被控訴銀行に提出されている、

(ニ)  本件手形による貸付前に村長自身で来訪し被控訴銀行の重役山下善敏に対し「村が責任をもつから日邦建設株式会社に資金面で援助してほしい」と依頼した、

(ホ)  入野村議会の協議会において、村長が保証することを承認し、追認している、

(ヘ)  入野村は新制中学校の新築工事に関する経費の調達、借入、支弁等について広汎な権限を村長に委任していた、

(三)  控訴代理人は、昭和二十一年法律第二十四号第三条により村長の手形振出行為は無効であると主張するが、

(イ)  この法律は占領中の特殊事情、すなわち特殊団体に対する援助、保証によつて従前国家や自治体の財政が乱れていたのを匡正するためにつくられたものであるが、その後憲法、財政法、地方自治法、地方財政法等の法制が確立し、特殊事情が消滅したので、この法律も自然失効したものである、殊に地方自治法によつて自主性が認められた地方自治団体が、必要ありと認めて地方議会の承認の下になす保証につき大蔵大臣の承認を要する等いうことは地方自治法の精神に反する、

(ロ)  かりにこの法律が失効していないとしても、この法律は無償の援助的保証を禁止する趣旨であつて、本件におけるが如く、村政運営の必要上予算運営を円滑にするため村営新制中学校の建築資金調達のための保証は、この法律にいう保証契約の範囲外である、

と陳述し、証拠として甲第二十ないし第二十二号証を提出し、原審並びに当審証人山下善敏、当審証人西沢仁、三村成俊、草野日出太郎(第一、二回)の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、

控訴代理人において

被控訴代理人の前記主張中、被控訴人が佐賀中央銀行の債権債務を承継したことは認めるが、その余の主張事実は否認する、

(一)  甲第九、第十号証の約束手形は村長公印の盗用による偽造手形である、

(二)  かりに右各手形の村長の署名捺印が真正であるとしても、手形振出行為は支払方法であれ保証であれ手形法上独立の義務負担行為であり、従つて村議会の承認を要するところ、本件において入野村村議会の承認の議決はないから、振出は無効である、

(三)  かりに右手形が保証のため振出されたものであるとしても、昭和二十一年法律第二十四号「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」第三条本文の規定に違反し、村長の右振出行為は無効である、

(四)  訴外会社が被控訴銀行に工事請負代金中金二百万円の債権を譲渡した事実は否認する、

かりに債権譲渡があつたとしても、当時工事代金は過払となつており、第二期工事は六割程度で中止され、講堂の如きは全然工事に着手されぬまま解約されたため、支払うべき請負代金債務は結局発生せず、債権は実存しなかつたのであるから、これが支払のため振出された本件約束手形も結局請求しうる債権が発生しなかつたため手形上の請求権を発生せしめない、

(五)  国又は公共団体を代表する者の行為には民法第百十条の適用がないから、被控訴人のこの点の主張は失当である、かりに右法条の適用があるとしても、前記法律第二十四号第三条により入野村は訴外会社の債務につき保証をなすことができないのであるから、たとい被控訴銀行がこの法律を知らなかつたとしても重大な過失があるといえるから、結局民法第百十条にいう正当の理由がある場合に当らない、

(六)  草野村長の本件手形振出行為は前記のとおり村議会の承認がなく、また前記法律第二十四号に違背し無効であるから、村長の職務行為ということができず、従つて民法第四十四条第一項により控訴人に損害賠償の責任があるという被控訴人の予備的主張は失当である、

と陳述し、証拠として乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第九号証、第十一、十二号証の各一、二、第十二、十三号証、第十四号証の一ないし四、第十五号証、第十六号証の一、二、第十七ないし第十九号証を提出し、当審証人岩本富松、中村九一、井上二三、西沢仁、井上義信の各証言を援用し、甲第二十ないし第二十二号証の成立を認め、甲第二十一、二十二号証を利益に援用し、甲第五号証、第九ないし第十一号証及び第十四号証の村長名下の印影は井上三次、三村成俊が村長の公印を盗用して顕出したものである、

と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

入野村が訴外日邦建設株式会社に同村新制中学校校舎の建築工事を請負わせたこと、昭和二十四年当時入野村の村長が草野日出太郎であつたこと、及び被控訴人が合併により設立され、その主張日時株式会社佐賀中央銀行の債権債務を包括的に承継したことは当事者間に争がなく、原本の存在並びにその成立に争のない甲第六号証、成立に争のない甲第十五ないし第二十号証及び乙第一、二号証、乙第十号証の一、乙第十九号証、原審における相被告日邦建設株式会社代表者井上三次の供述の一部とその供述により成立を認めうる甲第二、第四及び第八号証、当審証人三村成俊の証言とその証言及び前記井上三次の供述により成立を認むべき甲第五号証、入野村長名下の印が同村長の公印により顕出されたものであることにつき当事者間に争のない事実と右井上三次の供述により成立を認むべき甲第九、十号証、当審証人井上二三の証言とその証言により真正に成立したものと認める甲第十二号証、原審証人石崎金義、同井上義信、同中山熊五郎、当審証人岩本富松、同中村九一、同西沢仁、当審並びに原審証人山下善敏の各証言、原審証人野口元次の証言及び当審証人草野日出太郎(第一回)、同井上義信の証言の各一部を綜合すれば訴外日邦建設株式会社は昭和二十三年十月控訴人の旧称入野村より同村立新制中学校新築工事第一期工事五百七十二坪の建築を意外に安い代金六百七十八万円で請負つたが、資金難に陥つたので、当時の入野村村長草野日出太郎は訴外会社を援助して工事の円滑な進捗を図ろうと考え、昭和二十四年五月頃訴外会社社長と同道して被控訴銀行を訪れ、訴外会社に金二百万円を融資してくれるよう依頼し、その際右草野は同銀行員に対し、訴外会社は同村の中学校新築工事を請負つて居り、融資金の返済については入野村が全面的に責任をもつと言明したので、被控訴銀行は入野村が責任をもつならば貸付金の回収は確保されるものと信じ、前例に做い村会の議決書の提出を求め、とりあえず金百万円を貸付くることを承諾した、そこで村長草野は村議会議員の協議会(入野村では議員の半数以上が集まれば開かれる)に訴外会社が被控訴銀行より借受くべき金百万円の支払につき村が保証することの承認を求め、協議会では別段異議がなかつたので、この案件を正式に村議会に附議してその議決を得る手続をとらなかつたけれども、議会の議決があつたも同然であるとして、係員に命じて入野村が訴外会社の被控訴銀行よりの借入金につき連帯保証をする旨の虚偽の議会の議決書謄本(甲第十二号証)を作成させてこれを訴外会社に交付し、訴外会社はこれを被控訴銀行に提出して同年五月三十日同銀行から金百万円を借受け、これが支払のため即日訴外会社代表者と村長草野の共同振出(入野村は保証の趣旨で)にかかる金額百万円の約束手形一通を被控訴銀行に交付し、ついで訴外会社は、同会社が入野村に対する前記工事請負代金債権を被控訴銀行に譲渡するにつき入野村村長草野がこれを承認する旨の書面(甲第五号証)を草野より受取り(甲第五号証授受の日時は明かでない)、これを被控訴銀行に提出して、同年八月十三日被控訴銀行より金百万円を借受け、これが支払のため即日前同様の約束手形一通を共同で振出し交付し(その際草野は手形振出につき議員協議会の承認を求める措置をもとらなかつた)、前記第一回借受けの際振出した手形を同年七月二日書替え、右書替手形と第二回借受けの際振出した手形とを同年九月二日書替えて被控訴人主張の二通の約束手形(甲第九号証は第一回借受けの際振出した手形を再度書替えたもの、甲第十号証は二回目の手形を書替えたもの)が振出されたが、満期に各手形金の支払がなかつたこと、被控訴銀行としては第一回の貸付に際し入野村との間に訴外会社に対する貸付金債権につき明確な保証契約は締結せず(甲第十二号証の議決書謄本を徴しただけで保証契約書を差入れさせた形跡がなく、また被控訴銀行が入野村に対し本訴提起前貸金を請求した事実は認めるに足る証拠がない)、また第二回の貸付に際して訴外会社から工事請負代金債権の譲渡を受けなかつた(甲第五号証を差入れさせたが、譲渡債権の金額が右書面では不明であり、同号証にいう別紙契約書に当ると思われる債権譲渡に関する契約書を作成した形跡はなく、また本訴提起前入野村に対し右貸金の請求をしたと認められる証拠もない)、けれども、公共団体の長である草野が、さきに同銀行員に対し責任をもつと言明した上に、手形の共同振出人となつたので、一応これに満足して右第二回目の貸付をなしたこと、訴外会社は昭和二十五年一、二月頃入野村との間に前記中学校第二期工事として第三校舎三百二十六坪の新築を代金五百万円で請負い、昭和二十四年六月十日より同二十五年三月二日までの間に合計金六百万円以上にのぼる超過支払を受けたが、他にも多額の債務を負い、資金難のため行詰り、昭和二十六年五月頃までに第二期工事の約六割に当る仕事をしただけで残工事を放置し、事実上破産状態となり被控訴銀行からの借受元金を支払わず、また支払う能力もないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人井上二三、同三村成俊、同野口元次、原審並びに当審証人草野日出太郎、同井上義信の各証言部分は措信せず、その他右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで先づ村会の議決を経ることなくして振出した本件手形について入野村が手形債務を負担することになるかどうかについて考える。

(一)  村長は私法上の行為についても村を代表することは勿論であるけれども、多くの私法人の代表者のごとく包括的に権限を付与されたものではなく、殊に歳出入予算をもつて定めるものを除く外、あらたに村が義務を負担するには議会の議決を要し(地方自治法第九十六条第一項第八号)それなくして村長が私法上の債務負担行為をなしても村に対し何等の効力を及ぼさないと解すべきところ、本件において

(イ)  第一回の貸付に際し、村長草野は百万円の保証(基本債務の保証の外、保証の意味でなす手形の共同振出等をも含むと解せられる)につき村会議員の協議会の承認を求めたが、これを正式に村議会の議案として提出し、議決を得たものでないにも拘らず、保証の趣旨で当初の手形の共同振出人となつたものであることは前叙のとおりであり、地方公共団体において慣行されている議会議員の協議会は議会における審議を円滑ならしめるための予備的な話し合いをなす等の目的で広く慣用されているようであるけれども、合理的な慣例があるような特別の場合以外は議会の権限を代行又は補充するものではないと解すべく、当審証人中村九一、同井上二三の証言によれば、入野村においても協議会は同様の趣旨で運用されていた事実が認められるから、甲第九号証の書替前の最初の手形は村長草野が村議会の有効な議決なしにこれを振出したものという外はない。

(ロ)  村長草野が第二回の貸付に際し百万円の約束手形を振出すに当つては議員協議会の承認をも求めなかつたことは前叙のとおりであるから、右手形振出につき村会の議決がなかつたことになることはいうまでもない。

被控訴代理人は、かりに右手形振出につき村会の議決がなかつたとしても、訴外会社は工事請負代金二百万円の債権を入野村の承諾を得て被控訴銀行に譲渡し、右手形の振出は譲渡債権支払のためであつて、新な債務負担行為でないから、議会の議決を要しないと主張するが、訴外会社から被控訴銀行に対する債権譲渡がなかつたことは前認定のとおりであるから(甲第八号証が被控訴人の手中に存する事実と原審における訴外会社代表者井上三次の供述とを綜合すれば、訴外会社は被控訴銀行に対し第一期工事請負代金二百万円の受取方を被控訴銀行に委任していたようにも考えられるが、かりに入野村が訴外会社との間に、工事請負代金の受領を被控訴銀行に委任させ、該委任契約を解除しない旨を約定し、これに基き訴外会社が被控訴銀行に請負金の受領方を委任したものであれば、入野村としては二重払の危険を避けることができるであろうから、このような措置を講じた上で工事代金支払のため村長が手形の振出人となつても、入野村としては新な債務を負担したことにならないかもしれないが、右の如き委任があつたと断定し難いことは債権譲渡の場合と同様であり、また草野村長が訴外会社との間に右のような約定をなした事実を認めうる証拠もない)村長草野の手形振出が新な債務負担行為でないという右主張は採用できない。

ところで右二通の約束手形の書替手形である本件手形振出についても前叙の事情に変更があつたことは認められないから、本件約束手形は村長草野が無権限で振出したものであり、従つて有効な手形であるということはできない。

(二)  民法第百十条の表見代理の法理は地方公共団体の代表者がなした私法上の行為についてもその適用があると解すべきところ(昭和十六年二月二十八日大審院判例参照)前叙のとおり被控訴銀行は村長草野の言明に加えて第一回の貸付に際し村議会の議決書謄本の交付を受けたのであるから、村長草野に保証の趣旨で手形を振出す権限があると信じたのは自然であるようにも見えるが、地方公共団体が会社その他の法人の債務について保証することは原則として法の禁ずるところである(立法の経過から見れば、昭和二十一年法律第二十四号は聯合国最高司令官の要請に基き、戦後国家及び公共団体の財政的危機を切抜けるため、不確定の債務の累増を制限し、それによつて企業の自主的活動を促し、企業の責任を確立することをめざしたものであり、公財政の破綻防止と経済民主化の精神に立却した立法であるということができるけれども、実際上は国策会社等を整理する一方策とも考えられ、その後本法の規制を受くる特殊会社等が順次解散又は改組されて、今日では本法制定の目的は略これを達成したといえないことはないが、本法がその後廃止され、または実質上失効したとみなす根拠はない)だけでなく、市町村等が町営工事の請負人たる一会社のため、銀行借入金債務の保証をなすが如きは必ずしも常態であるといえず、また甲第十二号証議決書の形式も整つたものとはいえない(保証金額があいまいである等)等の点を考慮すれば、被控訴銀行としては、村議会の保証が適法になされたものであるかを慎重に調査すべきであり、いま少しく注意すれば村会の議決がなかつた事実を発見することは必しも困難であつたとは考えられないから、被控訴銀行には過失があり、たとい同銀行が草野村長に手形振出の権限ありと信じたとしても、これを信ずべき正当の理由があつたとはいえないから、村長の最初の手形(五月三十日振出)振出により入野村が手形上の債務を負うことはない。

次に二回目の貸付に際しては、被控訴銀行は甲第五号証の債権譲渡承認書を差入れさせたが、債権の譲渡を受けたわけではなく、村議会の議決もなかつたことは前叙のとおりであり、また被控訴代理人は入野村が村長に広汎な権限を委任していたと主張するが、村長草野が村営中学校の建設に際しその資金の調達について議会の信頼を受け、その政治的手腕が期待されていた事実が記録上窺えるだけであつて、本件の如き請負人の資金調達に村が協力する権限まで委任されていた証拠はないのであつて、被控訴銀行には重大な過失があつたといえるから、前同様の理由により第二回の貸付に際し草野がなした手形(八月十三日振出)振出につき民法第百十条を適用する余地は全くない。

(三)  控訴人は被控訴人の予備的請求原因の追加は請求の基礎に変更があるから不適法であると主張し、この予備的請求原因追加の経過が控訴人主張のとおりであることは記録上明かであるが、右当初の主張と追加された主張とは、共に村長の手形振出行為の存否、振出行為があつたとしてその権限の有無等の争点たる事実関係を同じくし、かつ裁判所の審理に根本的な変革を来さず、控訴人の攻防に著しい支障を与えないと認められるから、右請求原因の追加はこれを許すのが相当である。

ところで入野村村長草野日出太郎は、前段認定のとおり、村営中学校建設工事の完成を図るためとはいえ、訴外会社の被控訴銀行に対する金二百万円の融資申込に際し、村議会の正式の議決がなく、また議決を求める意思がなかつたと考えられるにも拘らず、入野村が融資金の返済につき責任をもつと言明し、村議会の議決書謄本や債権譲渡承認書等を擅に作成し、これを訴外会社をして被控訴銀行に提出させ、訴外会社の借受金支払のための約束手形二通の共同振出人となり、それによつて被控訴銀行をして訴外会社に対する貸金は入野村の実質的保証によりその回収が確実であると誤信させた上で金二百万円を貸付けさせたが、右手形振出は入野村に対しては前叙のとおり無効であり、訴外会社に対する貸金も回収不能となり、被控訴銀行は金二百万円の損害を蒙つたのであるが、右は入野村の代表者草野がその職務を行うにつき被控訴人に加えた損害ということができる。

控訴人は、村長草野の手形振出は村議会の承認がなく、また前記法律第二十四号に違背し無効であるから、村長の職務行為ということができないと抗争するが、民法第四十四条第一項の規定における「職務を行うにつき」とは、当該行為の外見上法定代理人又は代表者の職務行為とみられる行為であれば足り、もとよりその行為が法人の有効又は適法な行為であることを要しないのであるから、控訴人の右主張は理由がない。

よつて損害額について考えるに、前叙の事情から推考すれば、右損害は被控訴銀行が法令又はその精神に意を用いず、また訴外会社から提出された書類につき十分の調査をなすことを怠り、もつて入野村の保証を軽信したことにも一半の原因があるといえるから、被控訴銀行の右過失を斟酌して控訴人が支払うべき損害額は金百万円が相当であると判断する。

そうだとすれば入野村の名称変更により肥前町となつた控訴人は被控訴人に対し右金百万円及びこれに対する最後の損害発生の日である昭和二十四年八月十三日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の請求は右の限度で正当であるが、その余の請求は失当として棄却を免れない。

よつて本件控訴は一部理由があるから、原判決を主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 佐藤秀)

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